ベテルギウスは、時間と不可逆性をテーマにした約4分のオーケストラ作品です。
私たちが夜空で見上げるこの星は、常に「いま」の姿とは限りません。遠い距離を渡って届く光は、過去の時間を含みます。だからこそベテルギウスは、過去なのか現在なのかが確定できない光として、私の中に強く残りました。
私はこの“観測のズレ”と、“もう戻れない状態”を、音楽の構造そのものに刻みました。
音名象徴と「時間の反転」「座標の反転」
この作品の音名象徴は 《シ・ミ・ファ・ミ・ミ・ソ・ミ・ソ・ミ・ミ》。
私はまず、この音型を反転した形から置きます。
それは「過去の光なのか、今の光なのか分からない」状態を、時間感覚の揺らぎとして表すためです。
さらに同じ輪郭を保ったまま、座標が反転したような感覚へ移します。
本質の形は変わらないのに、状態が変わってしまっている。
崩壊とは、元に戻るための変化ではなく、戻れなさそのものだからです。
調性の推移:古い運命感を帯びた“途中の不穏”
Aメロ〜Bメロでは、古い運命感を帯びた音階の響きを軸に、重心が移っていきます。
崩壊が進行しているのに、まだ決定的な終わりには至っていない——
その「途中の不穏」を、音階の影として描きました。
サビ直前では、内側の真実と、外から見える一瞬の輝きが交差し、借用和音を挟んでから、サビで中心の調へ落ちていきます。
ここで音型は再び“反転と座標の反転”の層へ入り、
ベテルギウスの「英雄的に輝いて見えながら、内部では崩れているかもしれない」二重性が露わになります。
拍子の変化:内部崩壊を“体感”として起こす
Aメロ/Bメロは三拍子。
けれどサビに入ると 6/8 へ移ります。
四拍子にすると、崩壊の揺らぎが“安定”として聴こえてしまう。
だから私は、同じ「3」の派生でありながら体感が変わる6/8を選びました。
拍子を変えることで、外側は音楽として走っているのに、内側では座標がズレ始める——
その内部崩壊を、身体の感覚として起こしたかったのです。
打楽器:内部で生成され続けるもの
この曲はオーケストラ編成で書かれています。
私は、星の内部で進み続ける変化を、打楽器の質感で表現しました。
見えない場所で積み上がっていくもの、止められない進行、次々に重なる層。
それは決して派手な爆発ではなく、静かな不可逆として鳴っています。
終止を拒否する:救いでも絶望でもない“観測不能”
この曲はピカルディ終止で終わりません。
救いとして閉じるべき作品ではないからです。
私たちには、ベテルギウスの“いま”の状態を確定できない。
だから終盤では、第三音を抜いたり、sus4を用いたり、借用和音を挟んだりしながら、結論を断言しないまま終わっていきます。
希望でも絶望でもなく、ただ 「状態が確定しない」という静かな現実。
それが、この曲の最後に残したものです。
作品としての肖像:沈黙の誇り
私はこの「ベテルギウス」だけに、なぜか男性的な佇まいを感じました。
父性、威厳、孤独、宿命を静かに受け入れる強さ。
語らず、背中で語るような、沈黙の誇り。
壊れかけていても、まだ立っている人。
壊れそうなのに、誰にも見せない人。
「輝いていなければならない」と笑い続けてしまう人。
ベテルギウスは、そうした人間の姿と重なります。
終わりを知りながら、それでも燃え尽きるまで光を放ち続けようとする存在として。
この曲が、同じように「誰にも見せずに燃え尽きそうな人たち」への、静かな光になりますように。
Maho












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