Lumen

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    数式の解説はこちら
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    Lumen ── 灯りは、どこに在るのか

    夜の荒野。
    すべてが暗く、冷たく、静かで、何も見えないと感じる場所に、
    ひとり、杖を携えた女性が立っている。

    彼女の名は、Lumen。
    “光そのもの”ではない。
    むしろ、**「光を携えて進む者」**であり、
    見えない誰かのために、その光を掲げてそこにいる存在。

    この絵に描かれた彼女の周囲には、夜空の星がまたたき、
    その杖の光は、大地を照らすような軌跡を描いている。
    それは、静かでありながら、確かな力をもって、
    この世界に作用している光。

    光は、どこから灯るのか。
    誰かが灯してくれるものなのか。
    それとも、自分の中にあるものなのか。

    Maho

    “Lumen”はその問いに対する、ひとつの答えでもあります。

    とにかくしんどい時や、疲れた時、誰かに助けてほしいなと感じることがあると思います。
    そして、助けられて一時的に救われても、埋まることのないものがあります。

    それは当然で、
    周りの人はサポートはできても
    心を救うことはできないからだと私は思います。

    なんて残酷なことをいうのだと思われるかもしれませんが
    絶望的な意味で言っているわけではありません。

    周りの方の献身的なサポートや尽力で健康になったり
    一時的に元気になれても
    前を向き続けるための心は、
    自分で再構築していくしかできません。

    なぜなら、あなたの心が貴方の者だからです。
    他者はあなたの心を完全には理解できません。

    たとえ理解してあげようと思っても完全には理解できないのです。
    それは悲しいことでもなく、
    あなたの心はそれほど大切で他者に簡単に理解されることのない世界を持っているからです。
    逆にわかってくれてるはずだと思うと、
    それは他者への間違った期待や依存になってしまうでしょう。


    それでも、前を向くための助けや、癒しは与えてくれます。

    そして私たちができることは
    その中から何かを見出すことです。

    それは人からのものだけではなく、
    動物でも、植物でも、ぬいぐるみでも、
    メイクでも、なんでもいい

    立ち上がるための光は
    自分で見つけなければならないのです。

    この作品の詩(キャプション)には、こう記しました。

    光はどこから灯るのか
    誰かが灯すものなのか
    自ら灯すものなのか

    夜の荒野
    怖がらないで
    静まって

    どんなに遠く感じても
    私は いないわけじゃない

    貴方が見つけてくれるのを
    私はここで待っている

    この詩が語るのは、
    「光とは、そこにあっても、見ようとしなければ見えないもの」だということ。
    そしてもう一つ、
    「誰かが、たしかにそこにいて、待ってくれている」
    「見えていなかったけど心が温まる何かがどこかにある」
    という希望です。

    この「見えるかどうか」の関係性を、私は数式でも表現しました。

    この式には、2つの要素があります。

     $I(r)$

    距離 r によって変化する、「そこに在る光」
    その正体は、次のように表されます:

    • $I₀$:Lumenが持っている、誰にも見えなくても灯り続けている「核の光」
    • $e^{-μ r}$:距離が遠くなるほど、少しずつ弱くなる光の見え方

    つまりこの部分は、

    「彼女の光は、そこに在り続けている。
    けれど、離れていると、見えにくくなる」

    Maho

    という物理的にも心理的にも自然な真理を表してみました。


     $R(a)$

    これは、観る人の心の状態を表す関数。
    $a$ は「見つけようとする気持ち」であり、
    $R(a)$ の値が 0 に近ければ、その光は見えてこない。
    でも、1 に近づくにつれ、たとえ距離があっても光ははっきりと見える。

    だからこの式が意味しているのは──


    「Lumen は、いつもそこにいる」

    けれど、気づこうとする心がなければ、見えないまま通り過ぎてしまう

    そして──「見ようとしたその瞬間」
    光は急に濃く、鮮やかに見えはじめる。

    これは、誰かの優しさや、気づいていなかった希望そのものと似ている気がします。

    Lumenという名前は、ラテン語で「光」や「灯り」「目に見えるもの」を意味します。
    でもこの作品のLumenは、ただ明るく照らす光ではない。
    見つけられることを待っている光であり、
    その人の歩みにそっと寄り添う、静かな導きです。

    たとえ誰かに気づかれなくても、
    見捨てられても、信じてもらえなくても。
    彼女の光は、消えない。
    彼女は、「ここにいるよ」と、
    そっと灯しながら待ち続けています。



    この世界には、Lumenのような光が、たしかに在る。
    見える人と、見えない人がいるだけで、
    その光は、いつだってそこにいる。


    どんなに遠く感じても、私はいないわけじゃない。
    貴方が見つけてくれるのを、私はここで待っている。

    この絵に描いたのは、
    「遠くにあるようで、実はずっと近くにあった光」
    「失われたと思っていたけれど、まだ灯っていた希望」

    光は、“与えられるもの”ではない。
    気づいたときに、そっと“受け取るもの”なのかもしれない。

    Lumenは、あなたの中にも、たしかにいます。

    見たいと思う心と、
    見ようと思う心があれば、
    どんなにかすかでも前方に現れるのだと思います。

    それがとても遠くに感じても、
    「無い」のではないのです。

    そこまで歩けないと思っても
    そこで明かりを灯し続けて
    貴方が来るのをずっと待っています。


    Maho

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